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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)243号 判決

上告人

小川漁業協同組合

右代表者理事

橋ケ谷金次

右訴訟代理人

天野保雄

久保田治盈

被上告人

牧野銀蔵

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人天野保雄、同久保田治盈の上告理由について

原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件貸金につき第二一福徳丸及び第二二福徳丸の両船舶をその担保とするにあたりこれとともに農林大臣の許可を受け右船舶を使用して指定漁業を営むことができる地位も担保の目的とすることができるものであり、この場合において右の地位の担保も民法五〇四条にいう担保に包含されるものであると解して、上告人には担保保存義務の違反があり、そのことによつて被上告人らが本件手形保証債務を免れたとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 高辻正己 環昌一 横井大三)

上告代理人天野保雄、同久保田治盈の上告理由

原判決は左記のとおり法令に違背し、右違背は原判決の結果に重大な影響を及ぼすものであるので、右判決の破棄を求める。

一、原判決はその理由三の2において指定漁業の許可につき、このような指定漁業の許可は、行政法学上にいう「一般禁止の特定解除」であつて、指定漁業の許可を受けて特定の漁業を営むことができる地位は実定法上の権利ではないが、漁業権と異なり、実定法上私人間の譲渡や担保の設定等についてなんら法的規則が設けられていないものであり、また、許可制度により許可の総枠が限定され、一斉更新制、実績優先制が採られていることと許可漁業に超過利潤が期待できることから、代船許可制度を利して右地位は事実上一種の財産権として取扱われ、漁業者間に漁権として売買、譲渡され、漁業金融における実質的な担保とされていることは首肯しうるところであり、漁権は担保となりえないとの被控訴人の主張はこれを認めることができないと判示する。

しかしながら、指定漁業の許可を受けて特定の漁業を営むことができる地位(漁権)は、実定法上の権利ではなく、対人的許可であるから許可の移転は認められていないのである(大審院第四刑事部昭和三年五月二二日判決、大審院刑事判例集第七巻三七一―三七六頁参照)。従つて、漁業許可(漁権)は、物権や債権とちがつて金融のための担保とすることは、法的に不可能である。すなわち、法的に債権の担保たりうるためには、債務不履行の場合に、債権者に於て、債務者の同意若くは協力なくして単独で競売等により強制的に処分換価することが可能でなければならないのであるが、漁業許可(漁権)は、対人的許可であつて、許可の移転は認められていないのであるから、これを法的に金融の担保とすることは到底不可能である。原判決は、漁業許可は漁業者間に漁権として売買、譲渡され、漁業金融における実質的な担保とされていると指示するが、債務者が自らなす売買、譲渡が事実上行なわれているからといつて、これを直ちに漁業金融における実質的な担保であると速断することは誤りである。なんとなれば、前述のように、債務不履行の場合において、漁業許可(漁権)は、債務者の同意若くは協力がなければこれを処分換価することが不可能であり、他方、債務者は、債権者の同意若くは協力を必要とすることなく債権者の不知の間に、漁業許可(漁権)を自由に譲渡若くは売買することが可能であるからである。従つて漁業許可(漁権)は実質的にも担保となりえないのである。右に述べたように、原判決の法令解釈に誤りのあることは明らかである。

二、原判決はその理由三の3において担保保存義務につき、かりに、漁権を有する船舶について抵当権を実行した場合は任意処分した場合に比して売買価格が低下するとしても、被担保債権の優先弁済を受ける手殺として任意処分を選択した債権者が右任意処分による売得金から被担保債権について優先順位に応じて各債権額に達するまで弁済を受けることを怠つたときは、法定代位者につき予め担保保存義務の免除の特約をする等特段の事情のない限り、担保保存義務の違背の責を免れることはできない。けだし、任意処分による売得金は担保物件の有する交換価値の具現であるからであると判示する。

しかしながら、漁権は前述のように、常に人に対して与えられるものであつて、船舶と法律上の運命を共にするものではない。従つて、漁業者が船舶を他に譲渡しても許可は船舶と共にその譲受人に移転するものではない。すなわち、漁権を有する船舶なるものはありえないのである。本件において上告人は、船舶に対する抵当権の実行はなしうるが、漁権を抵当物件として船舶とともに抵当権を実行することは不可能であり、上告人が漁権を強制的に換価処分する手段方法はないのである。原判決は、漁権と船舶とが法律上運命を共にするものであり、漁権に関しても上告人に優先弁済権があるものと判断し、上告人が抵当権を実行せず任意処分を選択し、その売得金から被担保債権について優先順位に応じて各債権額に達するまで弁済を受けることを怠つたものと判示しているのであつて、原判決は、この点において判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

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